栃木ゴールデンブレーブス、夢を追う選手たちと練習施設に迫る

山本祐香

その建物は、小学校でした。そしてそこは今、形はそのままに新たな役割を担っています。



「小山ベースボールビレッジ」、そう呼ばれているその建物の中に入ると、大人にとっては遥か懐かしい風景が目に飛び込んできて、一瞬で子供に戻ったかのような錯覚に陥ります。一面に並ぶ靴箱、壁に飾られる卒業作品、蛇口の並ぶ水飲み場、大人になった今、見る機会のないものばかりです。




2017年3月に閉校になったこの小山市立梁小学校は、小山市協力のもと、栃木ゴールデンブレーブスを運営する「栃木県民球団」の県南事務局として、そしてグラウンドや体育館などを整備し練習場として使われています。

 

職員室を覗くと、球団職員の方々が机に向かって黙々と仕事をしています。どうしても先生に見えてきてしまうのはなぜでしょう(笑)。図工室、家庭科室、放送室などもそのまま残っており、普段ここで過ごしているみなさんはもう何も感じないかもしれませんが、初めて訪れた人はずっとワクワクが止まらないに違いありません。この日、控え室として校長室に通していただきましたが、小学生のときはほとんど入る機会がなかった部屋のため少し感動を覚えました。



県民球団として、少しでも少ない費用で運営していくために利用できるものを利用した結果かもしれませんが、ありきたりな建物を使うよりよっぽどエンターテイメント性があり、話題にもなりやすいことでしょう。うんていなどの遊具がそのまま残るグラウンドは内野守備練習ができるよう土を入れて整備されており、体育館は人工芝を敷きつめて室内練習場として利用。廊下の空いたスペースなどにはトレーニングの機具が置いてあり、選手が代わる代わるトレーニングをしています。



この施設で行われる練習は非公開とのことで、普段ファンの方が見学することはできませんが、ファン感謝デーイベントなどが行われる際は解放されるそうです。たくさん並ぶ教室のひとつのドアを開けると、そこだけオシャレな空間が広がります。地元の学生がデザインから手掛けたという喫茶スペースで、展示物もありファンにとっては楽しい空間に違いありません。



 

この日は練習日ということで、選手たちは「小山ベースボールビレッジ」で練習に励んでいました。今回、栃木ゴールデンブレーブスを訪れた大きな理由のひとつに、昨秋の明治神宮大会で日本一になった日本体育大学の優勝メンバー、谷津鷹明選手の現状を知る、というものがありました。昨年一年間日体大を追い続けた筆者にとって、優勝メンバーのその先も気になるところ。当時の4年生が企業チーム、クラブチームへと進む中、唯一独立リーグへと進んだ谷津選手、今はどんな日々を送っているのでしょうか。

 

NPBを目指して飛び込んだBCリーグという環境

 

2017年、秋。明治神宮大会・大学の部で37年ぶりの優勝を果たしたのは日本体育大学でした。

日本一が決まった瞬間、レフトを守っていたその選手の名は谷津鷹明(向上高)。この大会3試合で12打数6安打の打率5割、決勝では2盗塁と打って走って守っての大活躍をみせ、チームの優勝の原動力となりました。

 

卒業後は、栃木ゴールデンブレーブスに入団。元々内野手だった谷津選手、自身の持つ肩の強さと打球への寄りつきの速さを生かした守備を極めるべくショートへと戻り、新しい環境で日々野球に打ち込んでいます。そんな谷津選手にお話を聞きました。

 



――大学から独立リーグへと進み、大学で学ぶ野球と今学んでいる野球は違うと思いますが、どんな違いがありますか。

 

学生時代は組織でまとまって勝つためにチームプレーを重点的にやることが多かったけど、プロの方に教えてもらう中では、まずは自分の技術を高めてそれをチームに落としていく、というやり方で、“組織力を上げて勝っていくのか”“個の能力を上げて勝っていくのか”の違いを感じています。

 

――では、栃木GBに入団してから個の部分でどんなところが成長したと感じますか。

 

僕は元々守備が売りの選手ですが、大学時代に外野を守ることがあったのはまだ内野の守備でダメな部分が多かったと思うので、栃木GBに来てそう思ったことをきっかけに守備練習を強化し、技術はついてきたなと思います。

 

――さっきもコーチから指導を受けていたところを見ましたが、バッティングに関してはどうですか。

 

大学生のピッチャーとは違いますし、元NPBのピッチャーもいて球速も全然違うので、そういうピッチャーは学生時代のフォームだと打てないことが多く、対応できるようなスイングを身につけなければならない。僕は体が小さいのでそれにあったスイングで、自分が生きていく上で何が必要なのかを考えた上で、コーチと相談してできあがったフォームでやっています。

 

――高校時代は実家から通っていたのですよね。向上高校までは家からどれくらいだったのですか。

 

自転車で30分くらいでした。

 

――雨の日も自転車で?

 

雨の日はカッパを着て自転車で行っていました。

 

――脚力つきますね(笑)。大学時代は寮生活、今人生で初めての一人暮らしですよね? 初めての一人暮らしはどうですか。

 

BCリーグの環境の中ではやっぱり野球の練習がメインなので、疲れたなーと思って帰ってきたときにはあまり食べることができなかったり…自分に甘えちゃって食べないで寝てしまう日があったりするので、そうなってくると体重が落ちたりしてしまいます。

 

――今まで料理をしたことはあったのですか。

 

全くないです(笑)。

 

――では、どんな料理を作っているのですか。

 

母が料理が好きで皮むきとか手伝ったりすることが多かったので、そのときの見よう見まねで。肉炒めて塩コショウかけて、のような簡単なことしかできないですけど(笑)。

 

――自炊は大変ですよね。他の家事も自分でやらなければいけないですしね。

 

そうですね、洗濯とかも…ユニフォームはクリーニングがあるからいいですが、練習着は家に帰ってきて手洗いしています。

 

 

――車で移動することが多いと思いますが、今までも車の運転はしてきたんですか。

 

大学生のときは、帰省しても怖かったのでほとんどしたことはなかったですが、こっちに来て車がなきゃ生活できないと言われてから運転するようになりました。

 

――初めて住む栃木県小山市はどうですか。

 

栃木ゴールデンブレーブスに入ったというのもあり、どこにいてもいろいろな方が話しかけてくれます。スーパーに行っても、「あれ? ブレーブスの人?」と話しかけられて、いろいろな話をしてくれるので心暖かい街だなと思っています。

 

――地域の方は栃木ゴールデンブレーブスをそれだけ認知しているのですね。チームでは誰と仲がいいのですか。

 

野手とは練習中話すことができるので、僕が心がけているのは投手陣と接点を増やすことです。食事とかも年上のウーゴさん(金伏ウーゴ・元ヤクルト、巨人)とジムに一緒に行ったり、オフも一緒にいる時間が多いです。金本さん(金本享祐・深谷組)と温泉に行ったりも。なるべくピッチャーとはそういうコミュニケーションをとる機会を増やしていきたいと思っています。

 

――今後成長していくために、どんなことを強化していきたいと思っていますか。

 

アウトにできるプレーをアウトにできないとか、ポジショニングとか、そういうところをもっと磨いて、守備では隙がないような選手になって、そこからまたバッティングとか走塁とかですね。僕は長距離打てるバッターではないので総合力で勝負していきたいと思っているので、まずは守備を極めて、そこから総合力を上げていきたいと思います。



目指すところはNPBですが、今も野球を仕事にしているプロには変わりません。「こんなに野球漬けの日々はなかったので、めっちゃありがたいですけどその分体もきついっす。でも楽しいです(笑)」最後にいろいろな気持ちが入り混じった本音を口にした谷津選手。

 

前日の武蔵ヒートベアーズとの試合では、猛打賞と活躍を見せてくれました。学生時代よりほっそりとしたその体が今の生活の厳しさを物語っていますが、今までのように、誰かがご飯を作ってくれるわけでも時間を管理してくれるわけでもない環境で送る野球漬けの日々が、きっと未来につながると信じたいです。

 

 

長身から繰り出す豪速球

 


栃木GBには期待の若手がまだまだいます。次は190センチの長身から150キロを超える豪速球を投げ込む橋詰循投手(津名高-千葉経済大)です。


 

――野球を始めたのはいつ頃ですか。

 

小学3年生のときで、最初はキャッチャーでした。兄に影響されてやっていたのですが、めちゃくちゃ野球が嫌いでイヤイヤやっていて。体が大きいからという理由で、キャッチャーをやらされたりしたので。

 

 

――小さな頃から大きかったんですね。

 

そうです。なので、そういうポジションをやらされて面白くないなって。でもあるとき監督が代わって、お前ピッチャーやってみないかと言われたんです。それから面白くなったという感じです。

 

――小学生のときなら体が大きいとピッチャーとしてかなり有利ですよね。

 

そうですね。今まで勝てなかった相手に投げたら抑えることができました。そこからずっとピッチャーです。

 

――栃木ゴールデンブレーブスでは今年2年目なんですよね。1年目とどう違いますか。

 

1年目は調子の波が大きかったのですが、今年はその波が少なくなったのが変わってきたところかなと思います。

 

――球速いですよね。最速何キロなんですか。

 

152キロです。去年まで151キロで、今年の5月に152キロが出ました。

 

――球速が急激に伸びた、というきっかけはあるのでしょうか。

 

大学が終わってBCリーグに来る間に10キロ近く伸びました。

 

――え! そうなんですか!

 

大学のときは142キロくらいだったので。終わってから地元(兵庫県)で体の使い方を学ぶ機会があって、それから栃木ゴールデンブレーブスに入ってトレーニングをやったら一気に伸びました。

 

――持ち球は?

 

まっすぐとフォークと、へなちょこですがスライダーがあります(笑)。

 

――へなちょこだなんて(笑)。まっすぐとフォーク中心ということは、ずっと抑えをやっていたのですか。

 

こっちに来てからはずっと抑えですね。大学のときは1,2年でリリーフやって3,4年は先発していました。

 

――長身から投げ下ろす直球は威力がありそうですね。

 

球質が重いとは昔からよく言われています。角度があるともよく言われます。

 

――兵庫県、千葉県、栃木県と住んでみて、栃木県はどうでしょうか。

 

栃木が一番暑いイメージです。あと夜が静かです。バイクとか少ないので。千葉は夜のバイクがうるさかったので、静かでいいですね(笑)。

 

――今はどんなことに重点を置いて練習しているのですか。

 

フォームが一番大事になってくるので、体も毎日違うので体の変化についていけるように、そのときそのときに合わせたフォームで投げられるように意識してやっています。

 

――内山太嗣捕手(後ほどインタビュー掲載)とのバッテリーはどうですか。

 

年下なんですけどすごく生意気で調子乗りなんで(笑)。話しやすいです。真面目すぎたらうまくいかないので、ちょうどいいです。

 

――自炊はしていますか。

 

シーズン入ってからは全然していないです。松屋によく行きます。キムカル丼と卵焼きと牛皿を食べます。今は出てないんですけど、前は卵とじ牛丼ばかり食べていました。

 

――同じものばかり食べるタイプなんですね(笑)。

 

そうですね(笑)。

 

――今後の人生設計はどう考えていますか。

 

今年NPBに入って、そこから36歳まで現役でやります。

 

――なぜ36歳?

 

しょうもないですけど占いで言われて(笑)。それが印象に残っていて。今熱中しているものを頑張って、36歳から第二の人生があるよと言われたんです。

 

――36歳からは何をやっているんでしょうね(笑)。

 

そうですね。まずは、セカンドキャリアのセミナーを受けていますね(笑)。


 

近くで見ると身長があるだけではなく体つきがガッシリしており、マウンドに立ったときはバッターも威圧感も感じるであろう橋詰投手。あの豪速球とフォークで、抑えとしての活躍を見続けたいです。

 

 

企業チームからBCリーグへ


 

次は、内山太嗣捕手(八戸工大第一高-トヨタ自動車東日本)です。高卒4年目、今年都市対抗野球大会に初出場し話題になったトヨタ自動車東日本を経由して、今年から栃木ゴールデンブレーブスでマスクを被っています。


 

――高校、社会人野球を経てのBCリーグですが、今の環境はどうでしょうか。

 

社会人野球というのはトーナメントなので一球一球の重みがあって、思い切りチャレンジするというよりは手堅く手堅くという感じでプレッシャーもある状況だったのですが、今はシーズン通してなのでちょっと粗い部分もありますけどチャレンジしながらできる部分もあるので、思い切って野球ができています。

 

――社会人野球からBCリーグに来ることを選んだ理由はなんですか。

 

正直、試合に出ていなくて。その中でチームメイトや大谷翔平選手のお兄さんの大谷コーチが若いときに独立リーグでやっていて、チーム状況もあって試合に出してあげられないということで、先輩たちの勧めがありました。僕も試合に出たらどれだけやれるか、というのにチャレンジしたかったので。

 

――実際試合に出てみて、この半年はいろいろな成長があったと感じますか。

 

そうですね。やっぱり社会人野球は就職、しかも一流企業ですから、いい会社に入れている中でそれを捨ててこちらに来るという決断には勇気が必要でしたが、その代わり中途半端にはできないなという気持ちがあったんで、そういった意味ではモチベーション的にも環境的にも良かったなと思っています。

 

――ピッチャーは年上の方が多いですが、コミュニケーションはどうとっていますか。

 

シーズンももう後期に入っていますしね。僕から伝えることもありますが、うちのピッチャーは「何がいい」「ダメ」「こうする」「ああする」とどんどん言ってくれます。

 

――NPB入りを目指していると思いますが、この先どういう野球人生を送っていきたいと考えていますか。

 

やっぱり一番はNPBに行って、そこでどれくらいできるかわかりませんが1年でも2年でも長くやりたいです。NPBは高校に入ったときからの目標で、高校野球をやっていたときも甲子園というよりは監督さんとずっとふたりで、どうやったらプロに入れるかを考えて模索しながらやっていた3年間でした。応援してくれている人もいますし、NPBに行きたいというのが一番の目標です。


 

野球人生を終えた後も会社員として働いていくことのできる企業チームを辞めてでも、独立リーグで野球をすることを選んだ内山選手。その選択が最良のものだったと言える野球人生となることを期待しています。

 

 

たくさんある野球環境の中から自分がどこでプレイすることを選ぶか、それはとても難しい判断だと思いますが、独立リーグという環境で貪欲に野球に取り組んでいる若者たちの姿は、たくさんの人に見てほしいと思えるものでした。

 

初めての一人暮らしだけでも慣れないのに、一日中野球に取り組んで、身の回りのことも自分でしなければならない。オフになると給料が発生しないため、次のシーズンまでアルバイトをして稼ぎながら、練習も継続しなければならない。

 

ともすれば、他のどの野球環境よりも過酷とも思えるものですが、そんな中でNPBを目指して頑張っている選手たちがいます。球団スタッフのみなさんも温かく、忙しく走り回りながらも選手を支えています。





また、ファンとの距離も近く、試合後は選手が列を作ってファンとハイタッチをしたり、気軽にサインに応じたりしていました。グッズ売り場や飲食の出店も充実しており、地元の名産も食べられます。


今シーズンも残り試合わずか。ぜひ、球場に足を運んでください!


ホームゲームは残り4試合(8月29日、30日、9月5日、9日)
栃木を熱くする「栃木ゴールデンブレーブス」のwebサイトをチェック!

http://tochigi-braves.jp

山本祐香
好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいとふと思い、OLを辞め北海道から上京。「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間120試合以上観戦し観戦記録をつける日々。最近の楽しみは、大学野球で逸材を見つける“仮想スカウティング”。面白いのに日の当たりづらいリーグを太陽の下に引っ張り出すべく、世の中に向けて発信をしていく。